ひろしは秋田、みさえは熊本、一家は埼玉。ツーリズムEXPO2026で見た『クレヨンしんちゃん』家族都市プロジェクトの発想

9月24日から27日まで東京ビッグサイトで開かれた「ツーリズムEXPOジャパン2026」は、海外74カ国・地域と国内46都道府県から1,420の企業・団体が出展し、4日間で速報値183,270人が来場した国内最大級の旅の祭典です。

スマートコミックはホテルや旅館をはじめとする宿泊施設のお客様とお付き合いがあり、観光業界の動きを知っておきたかったことと、単純に面白そうだという気持ちとが半分ずつで、リサーチを兼ねて会場を回ってきました。そのなかで足を止めたのが、マンガを町おこしの軸に据えた2つのブースです。

ひとつは鳥取県。もうひとつが、この記事で紹介する『クレヨンしんちゃん』の「家族都市」プロジェクトです。県ではなく作品が主語になっていて、しかも旗を立てているのが秋田・埼玉・熊本という、地図の上ではまったくつながっていない3県でした。

目次

「ひろしが生まれた秋田県!!」というパネルの前で足が止まった

ブースの壁には、しんちゃんのイラストとともに大きな文字が並んでいました。「ひろしが生まれた秋田県!!」「オラが住んでる埼玉県!!」「みさえが育った熊本県!!」。観光ブースの紹介文としては、かなり思い切った書き方です。特産品でも気候でもなく、キャラクターの家族の設定がそのまま県の紹介文になっています。

ツーリズムEXPOジャパン2026のブースに掲示された、クレヨンしんちゃん家族都市プロジェクトのパネル
ツーリズムEXPOジャパン2026の会場。「ひろしが生まれた秋田県!!」「オラが住んでる埼玉県!!」「みさえが育った熊本県!!」と3県が並ぶ

配布されていたのは「クレヨンしんちゃん 家族都市 まるごとおでかけガイド」。表紙には日本地図が小さく描かれ、大曲の花火、川越の時の鐘、熊本城の写真が秋田・埼玉・熊本の県名とともに配置されています。3県ぶんの観光情報が1冊にまとまった冊子というのは、あまり見ない形です。

クレヨンしんちゃん家族都市まるごとおでかけガイドの表紙。秋田・埼玉・熊本の3県が並ぶ
ブースで配布されていた「まるごとおでかけガイド」。3県の観光情報が1冊にまとまっている

「家族都市」は2022年に3県が結んだ協定

この取り組みは2022年7月20日に始まりました。埼玉県庁で、秋田県の佐竹敬久知事、埼玉県の大野元裕知事、熊本県の蒲島郁夫知事、そしてしんちゃんが出席して「家族都市」協定の締結式が行われています。原作を出版する双葉社が「世界初!?」と打ち出したとおり、前例の少ない座組みでした。

時期はテレビアニメ放送30周年にあたります。周年企画をグッズやイベントで終わらせず、自治体との協定という形に落とし込んだところが、この企画のいちばん変わっている点です。協定ですから、期限を切ったキャンペーンとは違い、その後も動き続けます。

なぜこの3県なのか。理由は作品の設定にあります。父・ひろしは秋田県の出身、母・みさえは熊本県の出身、そして野原一家が暮らしているのが埼玉県です。秋田と熊本には祖父母が暮らしていて、一家はたびたび里帰りをしています。いただいたクリアファイルには、まさにその里帰りの食卓が描かれていました。

クレヨンしんちゃん家族都市プロジェクトのクリアファイル。野原一家と祖父母が食卓を囲んでいる
ブースでいただいたクリアファイル。祖父母を含めた大家族が食卓を囲む、家族都市の考え方そのものの一枚

観光の広域連携は、ふつう「隣接」か「テーマ」で組む

都道府県が手を組んで観光をPRすること自体は珍しくありません。ただ、その組み方にはだいたい型があります。隣り合った県で周遊ルートを作るか、温泉や城や街道といった共通のテーマでくくるか、あるいは同じ空港や新幹線の沿線でまとまるか。どれも地理か題材のどちらかが接着剤になっています。

ところが秋田・埼玉・熊本には、そのどれもありません。東北と関東と九州で、隣接もしていなければ同じ圏域でもなく、名産や歴史で自然につながるわけでもない。普通に考えれば同じパンフレットに載る組み合わせではないのです。

それを1つにまとめたのが、キャラクターの家族の設定でした。ひろしの故郷、みさえの故郷、一家の暮らす町。この3点をつなぐと、地理を無視した3県が「家族」という一本の線で結ばれます。作品の設定が、そのまま広域連携の設計図になっているわけです。ここが鳥取県のやり方といちばん違うところで、鳥取が県という場所を主語にして面を作ったのに対し、こちらは作品を主語にして飛び地を束ねています。

3県それぞれの現場で何が起きているか

協定は看板だけで終わっていません。3県はそれぞれ、自分の土地の文脈にしんちゃんを翻訳しています。

秋田県はひろしの故郷として動いている

ひろしの出身地は秋田県大仙市という設定です。その縁で、2025年3月22日からJR大曲駅の大仙市観光情報センターに「しんちゃん像」が設置されました。この像、しんちゃんが秋田犬の着ぐるみを着ています。

ほかにも、秋田内陸線のラッピング列車が2025年7月から10月にかけて走り、仙北市では田んぼアートが作られ、オリジナルの駅弁も販売されました。2026年3月からは秋田新幹線などの車内で、しんちゃんの声による観光案内が流れています。白神山地や田沢湖、乳頭温泉、大曲の花火といった既存の観光資源に、「ひろしの故郷」という物語を足した形です。

埼玉県は住んでいる県として、食で攻めている

野原一家が暮らす埼玉県には、春日部市の地底探検ミュージアム「龍Q館」にしんちゃん像が2025年3月22日から展示されています。こちらのしんちゃんは、埼玉県のマスコット「コバトン」を抱きかかえたデザインです。2026年3月からは、しんちゃんの声が流れるパネルが県内3か所に登場しました。

そして会場でいちばん目を引いたのが、食の企画でした。埼玉県物産観光協会が進める「埼玉グルメプロジェクト」に、スピンオフ作品『野原ひろし 昼メシの流儀』のひろしがグルメサポーターとして起用されているのです。県内5エリアから30店舗を選び、2026年9月14日の「食いしん坊の日」から2027年1月31日までの予定でデジタルラリーが行われています。

埼玉グルメプロジェクトのパンフレット。野原ひろし 昼メシの流儀のひろしが描かれている
埼玉グルメプロジェクトのパンフレット。マンガのコマと実際の料理写真が同じ紙面に同居している

この起用がうまいのは、作品の中身と企画の中身が完全に一致している点です。『野原ひろし 昼メシの流儀』は、作画を塚原洋一先生が手がける2015年連載開始のスピンオフで、サラリーマンのひろしが昼食と真剣に向き合う話が延々と続きます。その主人公にご当地グルメを紹介させるのですから、無理がありません。会場にも等身大のパネルが立っていて、「君も珠玉の埼玉グルメを試してみないかい?」とひろしが語りかけていました。

ツーリズムEXPO会場に立てられた、埼玉グルメプロジェクトの野原ひろし等身大パネル
会場に立っていた野原ひろしのパネル。「腹が減ったって?」から始まるコピーは作品そのままの口調

熊本県はみさえの故郷として、阿蘇に像を置いた

みさえの出身地である熊本県には、くまモンの着ぐるみを着たしんちゃん像があります。2026年4月1日からは阿蘇市の「ASO MILK FACTORY」に設置されました。2025年3月には阿蘇で「オラたちが作るASOファミリーまつり」が開かれ、2026年3月25日からはJR熊本駅やJR豊肥本線、産交バスでしんちゃんの観光案内音声が流れています。

野原一家は「くまもとふっこう応援隊」としても熊本の観光をPRしてきました。熊本城や阿蘇のカルデラ、あか牛やすいかといった名産と、みさえの帰省先という物語が重なっています。

グッズのカタログを見ていて、コラボの順番に気づいた

ブースでは商品のカタログも見せていただきました。「CRAYON SHINCHAN JAPAN CRAFTS」というシリーズで、掲げられているテーマは「クレヨンしんちゃんと家族都市でつながる日本の技」。これが、ページをめくっていていちばん唸ったところでした。

並んでいる商品の名前が、どれも「地域のもの×キャラクター」という形になっているのです。秋田犬としんちゃん、大曲の花火とひろし、秋田杉とシロ、マタギとぶりぶりざえもん、デコポンとしんちゃん、埼玉県の県鳥シラコバトとしんちゃん。お酒や工芸品でも、3県の日本酒、秋田のクラフトビールとひろし、川連漆器としんちゃん、稲庭うどんとしんちゃんという具合に続きます。

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No.地域の素材組み合わせるキャラクター県
1秋田犬しんちゃん秋田県
2大曲の花火野原ひろし秋田県
3秋田杉シロ秋田県
4マタギぶりぶりざえもん秋田県
5稲庭うどん・川連漆器しんちゃん秋田県
6シラコバト(県鳥)しんちゃん埼玉県
7デコポンしんちゃん熊本県

つまり、キャラクターありきで土地を探したのではなく、先に土地の名物や技があって、そこにキャラクターを当てはめている。掛け算の左側が全部その土地のものになっているという一点に、このプロジェクトの考え方が出ていると感じました。

正直なところ、ふつうに欲しくなりました。特に大曲の花火とひろしを組み合わせたTシャツは、かなり真剣に検討しています。実は以前、大曲駅でシロのTシャツを買ったことがあり(そちらは今回のカタログには載っていませんでした)、その並びで1枚増やしたくなったというのが正直な動機です。

埼玉県の「しんちゃん半足足袋」も気になりました。足袋を作っているのは行田市のメーカーで、行田は約300年の歴史を持つ日本一の足袋の産地です。国内生産の約8割を占め、「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」として2017年に県内初の日本遺産にも認定されています。しんちゃんの絵がついた足袋は、その産地の看板を背負った商品でもあるわけです。熊本県のみさえのラベルが貼られた梅酒も、いつか味わってみたいと思っています。

「3県ごじまん対決」という見せ方がうまい

ブースの展示でもうひとつ感心したのが、3県の魅力を対決の形で見せていたことです。アクティビティ編、グルメ編といった切り口を立てて、同じテーマで3県が自慢を持ち寄って競う構成になっていました。

ただ3県の観光情報を並べると、読む側はどうしても自分の興味がある1県だけを拾って終わります。ところが「どの県がいちばんか」という枠に入れると、比べるために3県ぶんを全部読むことになる。秋田にしか興味がなかった人が、ついでに熊本のページも読んでしまうわけです。3県が組む意味を、そのまま読ませ方の仕掛けに変換しているのが見事でした。

埼玉県のブースで、ひろしがご当地グルメを紹介する形をとっていたのも同じ発想だと思います。県が「おいしいです」と言うより、昼メシに人生を懸けている男が「試してみないかい?」と言うほうが、足が止まります。

同じキャラクターが、3か所で別の服を着ている

3県の像を並べると、この企画の作り方がよく分かります。秋田のしんちゃんは秋田犬、埼玉のしんちゃんはコバトン、熊本のしんちゃんはくまモン。同じキャラクターでありながら、着ているものがすべて土地のシンボルに置き換わっています。

ひとつのIPを3県で共有すると、ふつうは「どこへ行っても同じものがある」状態になり、わざわざ3か所を回る理由がなくなります。ところが着るものを変えておけば、3体そろえたくなる。1つの作品を3県で分け合いながら、県ごとの違いをきちんと残す設計になっているわけです。

この記事で触れた3県の取り組みを整理しておきます。

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No.県作品上の関係主な取り組み
1秋田県父・ひろしの出身地(大仙市)JR大曲駅に秋田犬しんちゃん像(2025年3月22日〜)/秋田内陸線ラッピング列車/仙北市の田んぼアート/オリジナル駅弁/秋田新幹線などの車内観光案内音声
2埼玉県野原一家が暮らす県(春日部市)龍Q館にコバトンを抱くしんちゃん像(2025年3月22日〜)/県内3か所に音声パネル/埼玉グルメプロジェクトに『野原ひろし 昼メシの流儀』を起用
3熊本県母・みさえの出身地ASO MILK FACTORYにくまモンしんちゃん像(2026年4月1日〜)/ASOファミリーまつり/JR熊本駅・豊肥本線・産交バスの観光案内音声

マンガが持っている「設定」という資産

観光にマンガを使うというと、ラッピングやスタンプラリーのような見た目の話になりがちです。けれど家族都市が使っているのは絵ではなく、設定のほうでした。ひろしが秋田出身であること自体は、作品が長く続くなかで積み重なってきた、ただの設定です。その設定が、30年以上たって県と県を結ぶ根拠になっている。長く続いたマンガほど、土地に関する情報を大量に持っているという事実を、よく示しています。

作品と土地の結びつきが街をどう変えるのかは、これまでにも取り上げてきました。

コラボが効くのは、もともとの素材がいいからだと思う

ここまで書いてきて、いちばん伝えたいのはここです。家族都市のグッズも展示も、しんちゃんが強いから成立しているわけではありません。大曲の花火があり、秋田杉があり、マタギの文化があり、行田の足袋があり、デコポンがあり、熊本城と阿蘇がある。掛け算の左側が最初から強いからこそ、右側にキャラクターを置いた意味が出ています。

裏を返せば、これらはマンガがなくても十分に魅力的なものばかりです。行田の足袋は国内生産の8割を担う産地の技ですし、大曲の花火は日本を代表する花火大会です。それでも「知られていない」「行く理由が作れない」という状態は起きてしまいます。魅力がないのではなく、届いていない。会場を歩きながら、そこがずっと気になっていました。

日本には、世界に出しても胸を張れるものが各地に本当にたくさんあります。その多くが、まだ十分に伝わっていない。その届け方として、マンガというコンテンツはかなり優秀なのではないかと思うのです。小さな子どもから祖父母の世代までが同じ作品を知っていて、いまは海外の読者にもそのまま届く。これだけ世代と国境をまたいで共有されている入口は、そう多くありません。

私たちは法人・店舗向けのコミックレンタルサービスを提供している会社で、もとをたどればマンガを扱う書籍卸商です。日頃は施設の休憩スペースに棚を置く仕事をしていますが、そこで見ているのも結局は同じことで、マンガが1冊あるだけで人はその場所に長くいてくれるし、知らなかったものに手を伸ばしてくれます。その力が、いま県の単位で使われている。同じ業界にいる立場としては、素直に面白いと思いますし、こういう使い方がもっと増えるといいなと思いながら会場を出ました。

自治体や公共施設がマンガを使う動きは、観光の外にも広がっている

家族都市のように行政がマンガと正面から組む例は、観光以外でも増えています。県の周年事業で案内役を漫画家に任せたり、啓発ポスターにキャラクターを起用したり、文化施設が展示の主役に据えたり。使い方は違っても、根っこにあるのは「説明を読んでもらうための入口」としてマンガを置く発想です。

民間の施設も、マンガを来館理由に変えている

自治体の外に目を向けると、商業施設や水族館、公園、ホテルまでがマンガを集客の軸に使い始めています。家族都市が県の単位でやっていることを、施設の単位でやっているのだと考えると分かりやすいはずです。

しんちゃん自身の勢いも、いまが強い

家族都市が動き続けている背景には、作品そのものの好調さもあります。映画シリーズは33作目で歴代最高の興行収入を記録し、長寿アニメとしては異例の伸び方をしています。コラボ先として自治体が手を挙げやすい状態が、いまも続いているということです。

3県を回る前に、原作を読み直しておく

家族都市の面白さは、作品を知っているほど増します。ひろしの実家が出てくる回、みさえの帰省の回を読んでから大曲駅や阿蘇を訪ねると、像の前で立ち止まる時間がまるで変わります。埼玉のグルメラリーに行くなら、『野原ひろし 昼メシの流儀』を何話か読んでおくと店選びの楽しさが一段上がるはずです。

自分の施設に、通ってもらう理由をつくるには

家族都市から施設運営の立場で持ち帰れるのは、「同じものを置かない」という考え方だと思います。3県は同じキャラクターを共有しながら、秋田犬・コバトン・くまモンと着るものを変えました。共通の看板があるから話題になり、中身が違うから全部回りたくなる。同じ理屈は、複数店舗を持つ施設でもそのまま使えます。

休憩スペースにマンガコーナーを置く場合も、全店同じ棚にしてしまうと「どこでも同じ」になってしまいます。共通の骨格は揃えたうえで、店舗ごとに地元ゆかりの作家や、その土地を舞台にした作品の一角を足す。それだけで、お客様には巡る理由ができます。

スマートコミックでは、施設の規模や客層に合わせた冊数・ジャンル構成のご提案から、定期的な入れ替えまで対応しています。複数拠点で少しずつ構成を変えたいといったご相談も承りますので、まずは料金表と導入事例をご覧ください。

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