第10回さいとう・たかを賞の最終候補5作品が決定! 『ゴルゴ13』流の分業から生まれた歴代受賞作は何を描いてきたのか

第10回さいとう・たかを賞の最終候補となるノミネート5作品が、2026年10月13日に発表されました。選ばれたのは『朧の花嫁 ~かりそめの婚約は、青く、甘く~』『公事師の弁』『終末、なに食べる?』『魔界の議場』『ミハルの戦場』の5作品です。受賞作は最終選考会を経て、12月10日に賞の公式サイトと「ビッグコミック」誌面で発表されます。

名前だけ聞くと、劇画の大家を冠した新人賞のように思えるかもしれません。ところがこの賞が表彰するのは、シナリオ(原作)と作画を別々の人が担当する「分業」で生まれたマンガです。新人かベテランかは問われず、第9回では漫画家生活40年を超える山本おさむさんが作画を手がけた作品が受賞しています。

10回目を迎えた今回、候補には第8回の受賞者である濱田轟天さんの新作も入りました。この記事では賞の成り立ちを整理したうえで、今回の候補5作品と、第1回から第9回までの受賞作をたどります。

目次

そもそも、さいとう・たかを賞とはどんな賞なのか

さいとう・たかを賞は、一般財団法人さいとう・たかを劇画文化財団が小学館の後援を受けて2017年に創設した賞です。財団は目的を「分業・プロダクション方式でのコミック制作を貫いてきた『さいとう・たかを』の志を受け継ぐコミック制作者に光を当て表彰し、その制作文化の継承を行うこと」と説明しています。公式サイトには「ゴルゴ13制作システムの文化継承を目指す」という一文も掲げられています。

さいとう・たかをさんは、脚本、構成、作画をスタッフで分担するプロダクション方式で『ゴルゴ13』を描き続けた漫画家です。ひとりの作家がすべてを抱えるのではなく、得意分野を持つ人が集まって1本の作品をつくる。その考え方を、いまの原作者と漫画家のコンビに重ねて評価しようというのが、この賞の出発点です。

選考対象は、シナリオライターと作画家の分業で制作され、決められた期間内にコミックス第1巻が出た作品です。第10回の場合は2023年9月1日から2026年8月31日までが対象期間で、電子書籍のみで単行本化された作品も含まれます。応募できるのは担当編集者だけで、作家本人が自分で応募する仕組みではありません。

表彰の対象が3者であることも、この賞ならではの特徴です。シナリオライター、作画家、担当編集者(または編集部)の全員に、さいとう・たかをさんがデザインした「ゴルゴ13像」のトロフィーが贈られ、シナリオライターと作画家には副賞として賞金各50万円が渡されます。編集者を作品づくりの当事者として表彰する点に、分業制を正面から評価する姿勢が表れています。

第10回の最終候補に残った5作品

財団内での一次選考を経て、今回は5作品がノミネートされました。以下、公式発表の作品名50音順で紹介します。

『朧の花嫁 ~かりそめの婚約は、青く、甘く~』(原作:みちふむ/漫画:いなせ多希)

小説投稿サイト「エブリスタ」で2021年に公開されたみちふむさんの小説『朧の花嫁』を、めちゃコミックがマンガ化した作品です。舞台は大正時代で、顔の痣を理由に家族から虐げられてきた清子と、目の見えない朔弥の出会いから物語が始まります。めちゃコミックのオリジナル作品で、今回の候補では唯一の女性向けレーベル作品です。

『公事師の弁』(原作:田島隆/漫画:星野泰視)

『カバチタレ!』の原作者として知られる田島隆さんと、『哲也-雀聖と呼ばれた男-』の作画を担当した星野泰視さんが組んだ作品です。法律家を目指す主人公が江戸時代にタイムスリップし、「公事(くじ)」と呼ばれた当時の訴訟の世界で現代の法知識を武器に立ち回ります。掲載誌は「ビッグコミックオリジナル」です。

『終末、なに食べる?』(原作:梅村真也/漫画:ヨコヤマノブオ/ネーム協力:橋本エイジ)

ゾンビがはびこり世界が終わりに向かうなか、家族と離れてひとりで暮らす少女と、元海上自衛隊の給養員長を名乗る男が出会うサバイバルグルメ作品です。原作は『終末のワルキューレ』の梅村真也さんで、原作と作画のあいだに「ネーム協力」が入る三人体制で描かれています。秋田書店の「別冊ヤングチャンピオン」で連載されています。

『魔界の議場』(原作:三田紀房/漫画:魚戸おさむ)

『ドラゴン桜』で知られる三田紀房さんが原作にまわり、魚戸おさむさんが作画を担当する作品です。中学時代のいじめが原因で15年間ひきこもっていた30歳の男性が、自分の人生を壊した相手への復讐を胸に地方議会議員選挙に挑みます。自ら絵も描くベテラン漫画家が原作に専念している点で、分業のかたちを考えさせられる1作です。掲載誌は「週刊ビッグコミックスピリッツ」です。

『ミハルの戦場』(原作:濱田轟天/作画:藤本ケンシ)

2027年に勃発した第三次世界大戦で国土が分割統治された203X年の日本を舞台に、狙撃の天才少女ミハルと「人を撃てない」元狙撃手ショウがチームを組む戦争ドラマです。原作の濱田轟天さんは、第8回で『平和の国の島崎へ』が受賞しています。もし今回も受賞すれば、同じ原作者が別の作品と作画家で2度目の受賞を果たすことになります。小学館のマンガアプリ「マンガワン」で連載中です。

最終選考委員は、秋本治さん、小山ゆうさん、佐藤優さん、長崎尚志さんの4人です。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の秋本さんは第9回から選考に加わりました。なお、賞の創設10周年を記念した特別展が、2026年12月18日から2027年3月28日まで東京・豊島区のトキワ荘通り昭和レトロ館で開かれます。歴代受賞作の紹介や、さいとう・たかを/さいとう・プロダクション作品の複製原画が展示される予定です。

第1回から第9回までの受賞作をたどる

では、これまでどんな作品が選ばれてきたのでしょうか。公式サイトに掲載されている歴代受賞作を、時期ごとに見ていきます。

第1回〜第3回は、ミステリーと歴史ものから始まった

第1回の受賞作は、リチャード・ウーさん原作、芳崎せいむさん作画の『アブラカダブラ ~猟奇犯罪特捜室~』(小学館「ビッグコミックオリジナル」)です。続く第2回は、真刈信二さん原作、DOUBLE-Sさん作画の『イサック』(講談社「月刊アフタヌーン」)が受賞しました。17世紀のヨーロッパを舞台に、日本人の鉄砲撃ちが戦場を渡り歩く歴史活劇です。

第3回は、『寄生獣』の岩明均さんが原作を書き、室井大資さんが作画した『レイリ』(秋田書店「別冊少年チャンピオン」)でした。絵を描ける漫画家が原作にまわる例は、今回の『魔界の議場』にも通じます。ここまでの3作は、どれも硬派な青年誌系の作品という点で、賞の名前のイメージに近い顔ぶれです。

第4回は、武論尊さんへの特別賞

第4回は例年と形式を変え、作品ではなく人物に〈特別賞〉が贈られました。新型コロナウイルスの感染が広がるなかで、分業制作に長く尽くしてきた人を表彰する判断だったと財団は説明しています。受賞したのは、『北斗の拳』の原作者で、私費で後進を育てる「武論尊塾」を続けてきた武論尊さんです。

第5回〜第7回は、見えにくい世界を描く作品が続いた

第5回の『Shrink ~精神科医ヨワイ~』(原作:七海仁/漫画:月子、集英社「グランドジャンプ」)は、精神科医を主人公に心の病を描いた作品です。第6回の『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治/漫画:鈴木マサカズ、新潮社「くらげバンチ」)は、児童精神科医である宮口さんのベストセラー新書をもとに、少年院の現実を描きました。どちらも専門的な知識を持つ原作者と、それを絵で伝える漫画家の組み合わせが評価されています。

第7回の『ABURA』(原作:NUMBER 8/作画:貘九三口造)は、新選組から分かれた御陵衛士に光を当てた時代劇です。掲載先は小学館のマンガアプリ「マンガワン」で、紙の雑誌ではなくアプリで連載された作品です。原作のNUMBER 8さんは受賞コメントで、連載開始時から担当編集者と「さいとう・たかを賞を狙いましょう」と話していたと明かしています。

第8回・第9回は、デビュー作とベテランの重厚作

第8回の『平和の国の島崎へ』(原作:濱田轟天/作画:瀬下猛、講談社「モーニング」)は、テロ組織で戦闘員として育てられた男が日本で平穏な暮らしを送ろうとする物語です。濱田さんは2022年に本作で漫画原作者としてデビューしており、デビュー作での受賞でした。

第9回の『父を焼く』(原作:宮部喜光/作画:山本おさむ、小学館「ビッグコミックオリジナル」)は、孤独死した父を見送った記憶と向き合う初老の男性を描いた作品です。宮部さんは山本さんのもとで35年にわたって制作に携わってきた人物で、師弟が原作と作画に分かれて組んだかたちです。選考委員の長崎尚志さんは「マンガで純文学に挑戦した作品」と評しつつ、エンタメ作品としては同じく候補だった『ガス灯野良犬探偵団』か『ふつうの軽音部』を推したくなったと選評に書いています。

歴代受賞作の一覧

第1回から第9回までの受賞作を表にまとめました(出典:さいとう・プロダクション公式サイト)。

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No.回受賞作原作作画掲載誌
1第1回『アブラカダブラ ~猟奇犯罪特捜室~』リチャード・ウー芳崎せいむビッグコミックオリジナル(小学館)
2第2回『イサック』真刈信二DOUBLE-S月刊アフタヌーン(講談社)
3第3回『レイリ』岩明均室井大資別冊少年チャンピオン(秋田書店)
4第4回特別賞:武論尊---
5第5回『Shrink ~精神科医ヨワイ~』七海仁月子グランドジャンプ(集英社)
6第6回『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治鈴木マサカズくらげバンチ(新潮社)
7第7回『ABURA』NUMBER 8貘九三口造マンガワン(小学館)
8第8回『平和の国の島崎へ』濱田轟天瀬下猛モーニング(講談社)
9第9回『父を焼く』宮部喜光山本おさむビッグコミックオリジナル(小学館)

受賞作の並びから見えてくること

一覧にすると、受賞作の掲載先が小学館だけに偏っていないことがわかります。講談社、秋田書店、集英社、新潮社と出版社はばらばらで、後援の小学館以外の作品も半数以上を占めています。第6回の『ケーキの切れない非行少年たち』はWebマガジン「くらげバンチ」、第7回の『ABURA』はアプリ「マンガワン」の連載作品で、今回も「マンガワン」の『ミハルの戦場』に加えて、めちゃコミック発の『朧の花嫁』が候補に残りました。

もうひとつの特徴は、原作者の経歴の幅広さです。児童精神科医の宮口幸治さん、ジャーナリスト出身の七海仁さん、そして漫画家として自ら絵も描く岩明均さんや三田紀房さんまで、原作を書く人の背景はさまざまです。医療や司法、戦争といった取材の重い題材が多いのも、知識を持つ人と絵の力を持つ人が組める分業制ならではといえます。賞の選び方そのものはまったく異なりますが、読者投票で決まる賞の歩みと比べて読むと、マンガ賞ごとの個性がより見えてきます。

歴代受賞作と今回の候補作のうち、全巻セットで手に取りやすい作品のリンクをまとめておきます。

12月10日の発表までに、候補作を読み比べてみる

今回の候補5作品は、大正ロマン、江戸の法廷もの、終末グルメ、地方政治、近未来の戦争と、題材が見事にばらけています。受賞作の発表は12月10日なので、気になる作品を先に読んで自分なりの本命を決めておくと、結果発表をより楽しめるはずです。まだ巻数が少ない作品が多く、今から追いつきやすいのも魅力です。

年末から2027年3月にかけては、トキワ荘通り昭和レトロ館で10周年の特別展も開かれます。歴代受賞作を読んでから展示を訪れれば、原作と作画の分担が誌面にどう表れているのかを確かめる楽しみも加わります。

じっくり読み込む大人の読者に応える本棚づくり

さいとう・たかを賞の受賞作には、医療、司法、歴史、戦争など、読み終えたあとに考えさせられる作品が並びます。こうした作品は、サウナの休憩処やホテルのラウンジ、ネットカフェのように、腰を落ち着けて過ごせる場所と相性がよいジャンルです。話題の新作だけでなく、賞の受賞作や候補作をひとまとまりで置くと、ふだんマンガをあまり読まない大人のお客様にも手に取るきっかけが生まれます。

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