ホテル経営の収支構造を完全解説——儲かる宿と儲からない宿の差は「数字の把握」にある

「ホテル経営は儲かるのか?」——この問いに対する答えは、「数字を把握して経営しているかどうかで決まる」です。
ホテルは典型的な固定費型ビジネスです。人件費・家賃・ローン返済・光熱費といった固定費の割合が高く、稼働率が上がれば急速に利益が伸び、稼働率が下がれば一気に赤字に転落します。つまり、同じ立地・同じ規模のホテルでも、収支構造を正確に把握し、数字に基づいた判断をしている宿とそうでない宿では、利益に大きな差が開くのです。
本記事では、ホテル経営の収支構造を固定費・変動費に分解し、30室のビジネスホテルを例に具体的なシミュレーションを行います。「自分の宿は今、どの位置にいるのか」を数字で確認する入口として活用してください。
ホテル経営の費用構造——固定費と変動費を分解する
ホテル経営の費用は、大きく固定費と変動費に分かれます。
固定費は、宿泊客が何人であっても毎月発生する費用です。正社員の人件費(売上の25〜35%を占めることが多く、最大の費用項目)、建物の賃料またはローン返済、減価償却費、水道光熱費の基本料金部分、保険料、固定資産税、システム利用料(PMS・予約エンジン等)が該当します。
変動費は、宿泊客数に応じて増減する費用です。客室の清掃費(外注の場合は1室あたりの単価で発生)、リネン・アメニティの費用、OTA手数料(予約成約額の8〜20%)、食材費(朝食・夕食提供の場合)、クレジットカード決済手数料が該当します。
ホテル・旅館は固定費の比率が高いのが特徴で、稼働率の変動が利益に直結します。稼働率80%と50%では、売上は1.6倍の差ですが、固定費は変わらないため、利益の差はそれ以上に開きます。
収支シミュレーション——30室のビジネスホテルで計算する
以下は一般的な目安に基づく概算シミュレーションです。実際の金額は立地・業態・契約条件によって大きく異なるため、必ず自施設の実数字で検証してください。
前提条件として、30室のビジネスホテル、ADR(平均客室単価)8,000円、朝食なし(素泊まり)で設定します。
稼働率80%(繁忙期を含む年間平均の良好水準)の場合
月間販売室数は30室×30日×80%=720室。月間売上は720室×8,000円=576万円。年間売上は約6,912万円。
変動費として、清掃費(1室2,500円×720室=180万円)、リネン・アメニティ(1室500円×720室=36万円)、OTA手数料(売上の12%として約69万円)、決済手数料(売上の3%として約17万円)。変動費合計は約302万円。
固定費として、人件費約170万円、賃料・ローン返済約100万円、光熱費約40万円、システム・通信費約15万円、保険・税金・その他約25万円。固定費合計は約350万円。
月間利益(GOP相当)は576万円−302万円−350万円=約−76万円……ではなく、ここが重要なポイントです。
実は上記の固定費には減価償却費が含まれていません。GOPの計算では減価償却費や家賃を含めないのが一般的です。賃料・ローン返済を除いた固定費は約250万円。すると、GOP=576万円−302万円−250万円=約24万円(GOP率約4.2%)。
これは低い水準です。一般的にビジネスホテルのGOP率の目安は30〜35%程度とされています。この例でGOP率が低いのは、ADR8,000円という設定がやや低いためです。
ADRを10,000円に上げた場合(同じ稼働率80%)
月間売上は720室×10,000円=720万円。変動費の増加はOTA手数料と決済手数料分のみで、清掃費やリネン費は変わりません。変動費合計は約319万円。固定費(賃料除く)は同じ約250万円。
GOP=720万円−319万円−250万円=約151万円(GOP率約21%)。
ADRが2,000円上がっただけで、GOPは24万円→151万円と6倍以上に改善します。これがホテル経営における「客室単価の威力」です。変動費の多くは1室あたりの固定額(清掃費、アメニティ費等)であるため、客室単価が上がった分はほぼそのまま利益に直結するのです。
稼働率が60%に下がった場合(ADR8,000円のまま)
月間販売室数は540室。月間売上は432万円。変動費合計は約227万円。固定費は変わらず約250万円。
GOP=432万円−227万円−250万円=約−45万円(赤字)。
固定費を賄えず、毎月赤字が積み上がる状態です。ここに賃料やローン返済を加えると、キャッシュフローはさらに厳しくなります。
儲かる宿と儲からない宿の差を生む3つのレバー
シミュレーションから見えるように、ホテルの利益を改善するレバーは3つです。
レバー① 客室単価(ADR)を上げる
ADRの上昇は、変動費がほぼ増えないため、利益へのインパクトが最も大きいレバーです。値上げだけでなく、アップセル(上位客室への誘導)、付加価値プランの設計(朝食付き、レイトチェックアウト付き等)、レベニューマネジメント(需要に応じた価格変動)によって、無理のない範囲でADRを引き上げることが利益改善の最短経路です。
値上げせずにADRを改善する具体的な手法は「ホテルの客単価を上げる7つのアプローチ」で詳しく解説しています。
レバー② 稼働率(OCC)を上げる
固定費を回収するには一定の稼働率が必要です。稼働率の改善手段として、OTAの活用最適化、直予約の強化、閑散期の集客施策(プラン設計・料金戦略)、法人契約・団体需要の開拓、口コミ評価の改善(予約転換率に直結)があります。
ただし、稼働率を上げるためにADRを大幅に下げると、売上が増えても利益は改善しません。「ADR×稼働率」の掛け算であるRevPAR(1室あたり売上)を最大化する視点が重要です。
レバー③ コスト構造を最適化する
固定費のうち最大の項目は人件費です。省人化オペレーション(セルフチェックイン、清掃外注の最適化等)による人件費の適正化は、利益率改善の有力な手段です。ただし、コスト削減が顧客満足度の低下につながると、口コミ評価が下がり、中長期的にはADRと稼働率の両方を押し下げるリスクがあります。「削ってはいけないコスト」と「削るべきコスト」を見極めることが重要です。
OTA手数料の最適化も見逃せないポイントです。OTA経由の予約比率が高すぎると、売上は立っても手数料で利益が圧迫されます。OTAで新規客を獲得し、直予約にシフトさせる「チャネルミックス戦略」が、中長期的なコスト最適化の鍵になります。
各OTAの手数料構造と実効コストの詳細は「ホテル・旅館のOTA手数料を正しく把握する——主要6社の実効コスト比較と最適化戦略」で解説しています。
追うべき経営指標(KPI)を整理する
ホテル経営の状態を「数字で把握する」ために、最低限追うべき指標を整理します。
ADR(Average Daily Rate=平均客室単価)は、客室売上÷販売室数。客室の「単価」を示します。OCC(Occupancy Rate=稼働率)は、販売室数÷販売可能室数×100。客室の「埋まり具合」を示します。RevPAR(Revenue Per Available Room)は、ADR×OCC。客室売上の効率性を示す最も重要な指標です。GOP(Gross Operating Profit=営業粗利益)は、営業収入から運営費用(人件費・食材費・光熱費・清掃費等)を差し引いた利益。ローン返済や減価償却費は含みません。GOP率は一般的にビジネスホテルで30〜35%、旅館で15〜25%が目安とされますが、業態や規模によって大きく異なります。
まずはこの4つを毎月把握するところから始めてください。数字が見えると、「何を改善すべきか」が具体的にわかるようになります。
ホテル経営の4つの形態——自分に合ったモデルを選ぶ
ホテル事業を検討する際に理解しておくべき経営形態は4つあります。
所有直営方式は、オーナー自らが経営と運営を担う基本形です。利益を最大化できますが、運営の負荷も最大です。小規模旅館や個人経営のペンションに多い形態です。
リース方式は、運営会社がオーナーから建物を借り、経営・運営を担います。ビジネスホテルチェーンに多い形態で、初期投資を抑えてホテル事業に参入できるメリットがあります。
運営委託方式(マネジメントコントラクト)は、所有者が運営のみを専門会社に委託する形式です。売上・経費は所有者に帰属し、営業利益から運営会社に手数料を支払います。高級ホテルブランドでよく採用されます。
フランチャイズ方式は、ブランド力のあるホテルチェーンと契約し、そのブランド名やシステムを使用する方式です。ブランドの集客力を活用できますが、フランチャイズフィーが発生します。
どの形態を選ぶかによって、利益構造とリスクの配分が大きく変わります。自分の資金力、運営能力、リスク許容度に合った形態を選ぶことが、経営の出発点です。
まとめ——「数字を見ている宿」が勝つ
ホテル経営が儲かるかどうかは、立地や業態だけでは決まりません。同じ条件でも、ADR・OCC・RevPAR・GOPを毎月把握し、数字に基づいて打ち手を選んでいる宿は利益を出し、「なんとなく」で経営している宿は苦しくなります。
まずは自施設の収支を固定費・変動費に分解し、GOPを計算してみてください。その数字が見えた瞬間、「何を改善すべきか」の優先順位が明確になるはずです。
なお、宿泊者の滞在体験の質は口コミ評価→稼働率→ADRと、すべての指標に波及します。客室の清潔さやスタッフの接客はもちろん、共用スペースの充実度(マンガコーナー、ラウンジ等)も、ゲストの満足度とリピート率を左右する要素の一つです。
リピーター1人がもたらす経済価値の計算方法は「宿泊客1人の”生涯価値”を計算する——リピーター獲得が最もコスパの良い投資である理由」をご覧ください。
コスト構造の最適化と並行して、「また泊まりたい」と思わせる体験価値への投資も忘れないようにしましょう。
