心やさしい殺しのプロは日本で何を願う…? 重厚な現代ドラマ『平和の国の島崎へ』

私たち日本人は長らく「平和ボケしている」と言われてきましたが、最近はあいつぐ凶悪犯罪に要人テロ、海外に目をむければ国家間の軍事衝突など、いやおうなしに危機感を持たされる時代になってきたように感じます。
そこで今回は、ユニークな視点から平和というものを考えさせられる作品『平和の国の島崎へ』をご紹介します。
冴えない中年男の正体は
主人公の島崎 慎吾は、メガネをかけた細身で気弱そうな中年男性。しかし彼には幼い頃にテロ組織に誘拐され、一流の戦闘工作員として育成された壮絶な過去がありました。
なんとか組織から逃げ出して母国へ戻ってきた島崎は、身を隠しながら平和な日本で暮らしていこうと努力します。30年間も海外で特殊な生き方をしてきたせいで日本の言葉も習慣も忘れがちな彼ですが、元々は温和な性格だったらしく、バイト先を見つけて周囲の人たちからも信頼されるようになるなど希望が見えてきました。
しかし全身に染み付いた「暴力」のにおいがトラブルを呼び寄せるのか、さまざまな争いの火種が降りかかります。
果たして島崎はこの国で、「平和」な日常を手に入れることができるのでしょうか……?
日常と戦闘シーンの描き分けが秀逸!
本作の見どころは島崎という特異なキャラクターを日本社会に投げ込んだことで起こる、コミカルで平穏な日々と、容赦ないバイオレンスの落差でしょう。
彼を拉致して鍛え上げたテロ組織は各国の中枢にまで入り込むほど大規模で、実働部隊もおそろしく強力。なかでも島崎は別格扱いで「その日本人が半径100m以内に現れたら敵の生存率は2%」と言われるほどの戦闘マシーンでした。
そんな島崎ですが全身の傷以外には特徴がなく、殺気を感じ取れない普通の日本人からはあまり警戒されないようです。生き残るため磨いた観察眼は漫画家のアシスタントに役立ち、海外でおぼえてきたコーヒーの淹れ方や珍しい料理は喫茶店のアルバイトで重宝されます。
また、人間離れした身体能力は着ぐるみに入ってお祭りに来た客を喜ばせるなど、戦いしか知らなかった一人の男が少しずつ人間的な生き方を取り戻していくのは見ていてホッコリしますね。初めて服を買いにバイト先の先輩たちと出かけた夜、島崎が「ボクが死ぬ時に何か思い出すとしたら…」「今日みたいな日のこと思い出すんだろうな」と心のなかでつぶやくシーンは、思わず読んでいて目頭が熱くなりました。
そして楽しい日々から一転、唐突に訪れるトラブルの数々。地元のチンピラに絡まれたり、バイト先の家族が犯罪集団に捕まって脅迫されたり、なにかと周囲には争いが耐えません。
もちろん彼は世界でも屈指の戦士ですから日本の犯罪集団くらい造作もなく殲滅してしまいますが、いよいよ最も厄介な敵が動き出します。島崎や他の脱走者を消し去るため、国際テロ組織の暗殺者たちが襲いかかってきたのです。
大規模な情報網をもつ敵は隠れ家の近くまで迫ってきて、自身と同じような訓練を受けたプロによって命を狙われます。それを並外れた戦闘センスで退けて日常へ戻る島崎。しかしまた次の刺客が……。平和→暴力→平和と目まぐるしくシーンが切り替わる展開が非常にスリリングで読者を飽きさせません。
ちなみに本作、エピソードの最終コマには「島崎が戦場に復帰するまで あと○○○日」という意味深な数字が書かれていまして、それが徐々に減っています。こんなに平和を愛する優しい男が戦場へ戻るのは、どれほどの理由があるのか? これもまたハラハラが止まらない見事な仕掛けですね。
殺し屋つながりで『ザ・ファブル』との読み比べもアリ!?
「殺しのプロが戦いを封印して一般社会に溶け込むため努力する」漫画といえば、岡田准一さん主演で実写映画化もされたヒット作『ザ・ファブル』を連想した人もいるでしょう。
私も最初は似たような作風かな? と思いながら『平和の国の島崎へ』を読みはじめたのですが、結論をいえばまったく別物でした。『ザ・ファブル』は徹底してエンタメ路線で、あくまで主人公のおもしろさを楽しむ作品といえます。登場する暗殺組織も現実ではありえないような設定です。
対して本作は、よりリアル路線な社会派だと感じました。もちろん主人公視点がメインなのは同じですが、敵対するテロ組織は実在しそうな雰囲気を出していて、活動内容や思想的背景まできっちり描かれています。主人公の生き方を通じて、その背後の世界に広がる「暴力」とは、「正義」とは、そして「平和」とは? まで深く考えさせてくれる印象です。
この2作品に優劣はなく、それぞれ別の魅力にあふれていると言えるでしょう。バイオレンス描写が苦手でない人は、『平和の国の島崎へ』『ザ・ファブル』を読み比べてみるのもおもしろそうですね!