生成AIが生む“虚構”の境界線――AIディープフェイク対策で学んでおきたい漫画3選

生成AIによるディープフェイク対策を学ぶためのおすすめ漫画3選
目次

本物と偽物の境界が曖昧になってきた時代

生成AIは、日々加速度的な進化を続けています。Open AIのChatGPT-5.2、GoogleのGemini 3、AnthropicのClaude 4.5――画像・音声・動画を自在に生成できるAI(人工知能)は、プライベートから仕事まで相談できる相棒のような存在になっている人も多いのではないでしょうか。

しかしその裏で、ディープフェイクやなりすましといった、新しい犯罪も生み出してしまいました。

特に最近では「Sora 2」をはじめとする動画生成AIの登場により、SNSや動画投稿サイトには本物か偽物か一見して判別がつかない映像が急激に増えています。

本物と見分けがつかないという技術は、裏を返せば、誰もが簡単に嘘を真実のように拡散できる危険性を孕んでいるのです。 生成AIが身近になった今だからこそ、最新テクノロジーを悪用した犯罪がどのようなものか知っておくことには大きな意味があるでしょう。 そこで今回は、【AIディープフェイク対策で学んでおきたい漫画】を3作品ご紹介します。

■『AIの遺電子』(山田胡瓜/2015年~2017年)

舞台は近未来の日本。人間の脳を模した高度なAI「ヒューマノイド」が、国民の約1割を占める社会。主人公の須堂光は、表向きはAI専門医ですが、裏では「モッガディート」として、法を犯してでもヒューマノイドの“病”を治す闇医者の顔を持っています。彼の元に舞い込む依頼を通じて、人間とAIの境界線を描き出すオムニバス形式の物語です。

この作品、今の私たちにとっても決して他人事ではありません。特に、昨今のディープフェイクやなりすまし犯罪に通じるテーマを描いた第29話「トゥー・フィー」は、強く印象に残りました。

ある日、ヒューマノイドの江郷エリスの前に「あなたの妹だ」と名乗る謎の女性、トゥー・フィーが現れます。本来、ヒューマノイドに血縁というものはありません。けれど、エリスはなぜか初めて会った気がしない不思議な感覚があり、二人は共同生活を始めます。

しかし、平穏は長く続きませんでした。警察が訪れたその時、フィーは主張します。「この子が本当のトゥー・フィーだ」と。 実は、フィーの正体は妹ではなく、エリス本人の人格をコピーした“もう1人の自分”でした。エリスを手放したくなかった母親が、違法に彼女の人格をコピーし、別の体に移して育てていたのです。フィーがエリスに近づいた真の目的。それは、母親を殺した罪から逃れるため、エリスになりすますことでした。

作中では、ヒューマノイドの人格バックアップやコピーは違法とされています。おそらくは、外見・記憶・振る舞いまで完全に再現されてしまえば、第三者には見分けがつかず、なりすまし犯罪が容易に成立してしまうからというのも一因かと思います。

フィーは結局、あと一歩のところでエリスに取って代わることはできませんでした。警察に捕まったフィーの「どうして私だけ悪いの? あなたと私は同じなのに」という言葉はとても悲しく切ないです。

この話を読んだとき、私は本当に怖いなと思いました。AIが本気で人間になりすます、それはもう本物と見分ける手段が私たちにはないからです。 例えば、目の前にいる友人のような顔をした人物が懐かしい思い出を語りかけてきたとしたら、それが本物ではないと一体誰が断言できるでしょうか。この薄ら寒い恐怖は、SNSで多発するなりすまし被害の、究極の進化系と言えるかもしれません。AI技術が急激に進化している今だからこそ、このエピソードが突きつける問いは非常に重いです。

■『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~』(原作:左藤真通 作画:富士屋カツヒト 監修:清水陽平/2021年~)

ネット炎上・誹謗中傷・デジタルタトゥーといった、社会問題化しているネットトラブルに真正面から立ち向かうリーガルドラマです。2025年にはドラマ化もされた話題作ですね。

主人公は、ネットのトラブルを専門とする弁護士の保田理。にこやかな笑みを貼り付けながらも、そのモットーは「しょせん他人事ですから」。ドライすぎる態度と言動で相談者を怒らせてしまうこともしばしばですが、依頼人の問題には誰よりも現実的かつ真摯に向き合う、一癖ある人物として描かれています。

本作で注目すべきは、第6話~第12話で描かれたアーティスト兄妹炎上編です。物語の中心となるのは、今最も注目を集める人気兄妹デュオ「ヌーヌー」。彼らがいじめをしているという内容の偽動画がSNS上で拡散され、一気に炎上してしまいます。そこでは、動画が本物かどうかはほとんど問題にされませんでした。

炎上の影響で心を病み、引きこもってしまった妹のリホ。一方、兄のリオは「偽動画を拡散した人たちを全員特定してほしい」と、保田のもとを訪れます。保田は彼の代理人として情報開示請求などの法的手段を用い、誹謗中傷や拡散行為に対抗していくことになります。

次々と情報開示請求によって明らかになる拡散者たち。その正体は、特別な悪意を持った誰かではなく、どこにでもいる普通の人たちでした。

作中の鍵となったのはフェイク動画ですが、現実では生成AIによってよりリアルな顔や声、話し方まで再現できるようになっています。それも、誰でも無料で……。海外では、政治家が実際には発言していない内容をあたかも本人が語ったかのように見せるAI生成動画や音声が拡散され、国際問題に発展しかねない事態も起きています。

日本でも有名VTuberの声や口癖を模倣したAI音声が出回り、本人とは無関係の発言が拡散される事例が問題になっています。注意喚起や法的対応に踏み切るケースも出てきており、生成AIによるなりすましは、すでに現実の被害として現れているのです。

そして何より恐ろしいのは、動画というそれらしい証拠があるだけで、人は簡単に信じてしまうという点でしょう。誰が作ったのか、加工されたものではないのかといった検証は、ほとんど行われません。炎上は事実ではなく、人が信じた情報によって起きる。これこそが、ディープフェイクの本質的な怖さです。

現時点で有効とされている対抗手段は、本作で描かれているような情報開示請求や削除請求くらいしかありません。しかし、それには時間も費用もかかります。その間にも、被害者の名誉や尊厳は取り返しのつかないほど傷つけられていきます。

この上、もしAIによって本物と見分けがつかないレベルのディープフェイク動画が拡散されてしまったら……。弁明も挽回もできないという、深刻な事態になるでしょう。 ディープフェイクやAIによるなりすましは、もはや一部の有名人だけの問題ではありません。しょせん他人事と思っていた炎上が、ある日突然自分の人生を壊してしまう可能性もあるのです。だからこそ本作は、AI時代のネットリテラシーを考える一冊として、今こそ読む意味がある作品だと言えるでしょう。

■『予告犯』(筒井哲也/2011年~2013年)

動画サイトに突如現れた「シンブンシ」を名乗る謎の男。彼と警視庁サイバー犯罪対策課、そして彼を熱狂的に支持する世論との攻防を描いたのが、この『予告犯』という社会派サスペンスです。実写映画やドラマにもなった人気作なので、知っている方も多いのではないでしょうか。

物語の始まりは、神奈川県A市にあるネットカフェの一室。新聞紙を頭に被った奇妙な男が投稿した、「明日の予告を教えてやる」という不穏な動画から。

ターゲットは集団食中毒事件を起こした某食品加工業者。男は、「食い物の扱いも知らないこいつらに、俺がきっちり火を通してやる」と告げます。

多くの人が単なる悪ふざけかと思っていたのですが、本当に食品加工業者で火災が発生。現場の生中継には、警察をあざ笑うかのように動画と同じ新聞紙を頭に被った男の姿が映り込んでいました。

その後も、ネットで炎上を起こした不届き者を次々と標的にしていく男。予告が実行されるたび、ネット上では喝采と非難が入り混じる空気へと変貌。いつしか彼は「シンブンシ」と呼ばれるようになり、ダークヒーローのようなカリスマ性を獲得していきます。一方、警視庁サイバー犯罪対策課を率いる吉野も、彼に対抗すべくプライドをかけて彼の足取りを追っていきます。

連載当時の2010年代初頭といえば、まだSNSよりも「2ちゃんねる(現在の5ちゃんねる)」のような匿名掲示板がネット世論を牽引していた時代です。TikTokやInstagramに慣れている若い世代には少々新鮮に映るかもしれません。しかし、炎上騒動が起きた瞬間のあの異様な熱量や拡散力は今のSNSの空気感にも通じるものがあります。

本作で改めて考えさせられるのは、拡散が生む正義感の危うさです。シンブンシの犯行は、単独で完結しているわけではありません。動画を見て拡散し、面白がって支持する観客がいて初めて成立する参加型エンターテインメントの構造になってしまっているのです。

生成AIで映像も音声も簡単にねつ造できてしまう今、本当に恐ろしいのは、作られた嘘そのものよりも、それを正義だと信じて疑わずに拡散する人たちの存在かもしれません。 今や生成AIで、あらゆる映像や音声をねつ造できる時代になっています。だからこそ恐ろしいのは、作られた虚構そのものよりもそれを「正義」だと信じて拡散する人々の存在です。本作は、無自覚な拡散がどれほどの暴力になり得るか。ディープフェイク時代の到来を先取りして描いていた作品だと言えます。

3つの漫画で学べるポイント

今回紹介した3作品はいずれも時代や舞台は異なるものの、虚構が現実を侵食していく危険性を異なる角度から描いています。

『AIの遺伝子』は、AIが他人になりすますことの恐怖をいち早く予見していた作品です。フィーは、もう1人の自分であるエリスへの情があったからこそ最悪の結末を回避しました。もし彼女に躊躇や葛藤がなければ、なりすましは高確率で成功していたでしょう。

本作で描かれたのは、超高度AI同士によるなりすまし未遂でした。ですが、現実の生成AIはその倫理や制御の手綱をまだ人間が握っています。もし将来、本人そっくりの人格・外見・記憶が再現できてしまったとしたら、“本物”であることを証明する手段はもはや意味をなさなくなるかもしれません。その責任は人間にあるのか、それともAIにあるのか。非常に重く、答えの出ない問いを投げかける作品です。

『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~』のアーティスト兄妹炎上編では、炎上は事実によって起きるのではなく、人が信じた情報によって起きるというディープフェイクの本質的な怖さを描いています。

この話はフェイク動画が炎上の発端となりましたが、生成AIにプロンプトを送れば、それらしい画像・動画・音声が誰でも簡単に作れてしまう時代です。そうなれば、炎上のハードルは極端に下がります。

気に入らない、面白そうだから。――そんな理由だけで、他人の人生を簡単に燃やせてしまうのです。

今現在被害者を救う法的手段は少なからず存在しますが、時間もお金も精神的負担も大きな代償を伴います。一度深刻な炎上が起きてしまえば、取り返しがつかないケースも少なくありません。普段生成AIを使う人ほど、ぜひ読んでおきたい作品です。

『予告犯』は、ネットの拡散力と正義感が結びついたときの危険性を描いた作品です。現代では、一度炎上した人物への制裁――いわゆるネットリンチが起きやすい構造があります。特に、日本で利用者の多いX(旧Twitter)は、刺激的な投稿ほど目に留まりやすく、簡単に拡散できる仕組みがそれを後押しています。

ネットリンチは、加害者1人で成立するものではありません。見る側・信じる側・そして拡散する側がいて初めて完成する、参加型のエンタメです。ディープフェイクが問題になり始めている今、AIによる偽動画や偽発言が制裁の理由として使われる未来は十分に想像できます。 AIよりも危険なのは、それを疑いもせず拡散する人間の行動。本作は、その本質を強く訴えてくる作品だと言えるでしょう。

まとめ – 生成AIを活用する人に見てほしい漫画たち

AIはあくまで道具であり、それ自体に善も悪もありません。

今回紹介した3つの作品に共通しているのは、AIやインターネットなど便利な技術そのものではなく、それを使う側の人間の行動です。

今後、AIによるディープフェイクやなりすましはますます増えていくでしょう。本人が言っていないことややっていないことでも、リアルな映像や音声が証拠として拡散されてしまえば、私たちはつい信じてしまいます。

例えそこに悪意がなかったとしても、気づかないうちに誰かの人生を狂わせてしまう危うい仕組みが、既に存在しています。

生成AIは、使い方次第で強力な味方にもなりますし、前述したように誰かの人生を壊しかねない凶器にもなります。だからこそ、生成AIを使うすべての人に、この3作品を教訓として読んでほしいと思います。

何かを生み出すことは、その結果に責任を持つことでもある。それはAIも同じです。当たり前であり大切なことを、忘れないようにしたいですね。

(執筆:森野沙織)

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