映画『国宝』の大ヒットで注目必至! 歌舞伎の世界を描いた漫画3選

なじみの薄い歌舞伎の世界への関心が高まる
東宝系で公開中の映画『国宝』の興行収入が9月中旬で約142億円となっています。これまでの実写邦画で興行収入トップである『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ』(2003年)の173.5億円に迫る勢いを見せており、映画『国宝』がどこまでの成績をあげるかが見ものです。
映画の公開前には、テーマである歌舞伎が一般になじみが薄いことや、上映時間が175分と今どきの映画にしては長めであることから、興行的な見通しの厳しさを語る声もありました。しかし6月6日に公開されると、男女問わず幅広い年齢層から支持を得てヒットし、3カ月を超えるロングランとなっています。
映画のヒットにより必然的に歌舞伎の世界にも注目が集まっており、撮影場所となった京都の「南座」や「先斗町歌舞伎場」、外見が歌舞伎座と似ている滋賀のホテル「びわ湖大津館」などを訪れて、歌舞伎への親しみを深める人が増えています。そこで今回は歌舞伎への知見を深める意味を込めて、【歌舞伎の世界を描いた】3つの漫画を紹介します。
歌舞伎の世界を描いた漫画3選
■『ぴんとこな』(嶋木あこ/2009年~2015年)
歌舞伎の名門である木嶋屋の御曹司でありつつ父親への不信が原因で芸事に身の入らない河村恭之助と、歌舞伎の世界である梨園とは無関係な生まれながらも幼い頃からの思い出を胸に若手役者として活躍しつつある澤山一弥の2人を軸に描いた作品です。客からの声援を受ける舞台に、その陰となる練習にと厳しい芸の世界で悪戦苦闘している2人が、過去と現在において複雑に絡んだ恋愛関係の悩みを抱いて芸道に邁進していきます。
名家の御曹司と部屋子(預かり弟子)の対比は映画『国宝』と似たところがあるのですが、そこに三角関係などの恋愛が絡んでくるのが少女漫画のテイスト。ただし、それで内容が軽くなることはなく、愛情や憎悪のエッセンスが物語を一層深いものにしていきます。主人公ら若手の役者に焦点が当たっていることが多いため、歌舞伎の世界における若手の立ち位置や修業内容がよく分かる作品です。
■『國埼出雲の事情』(ひらかわあや/2010年~2014年)
歌舞伎一家である國埼屋の長男に生まれた出雲は、幼い頃から舞台で女形(おやま)として活躍していましたが、友達の言葉をきっかけとして女形に嫌悪感を抱き、歌舞伎の世界から離れてしまいます。しかし、家の都合で再び歌舞伎の世界に足を踏み入れた出雲は、多くのライバルである歌舞伎役者らと切磋琢磨しながら、女形として実力を積み重ねて存在感を周囲に示していきます。
幸運に恵まれたからと言って幸福になれるとは限らないのが世の常です。女形となるのに絶好な外見を持つ出雲が、それを素直に受け入れられない本作もその典型でしょう。とは言え、歌舞伎の世界に戻ったからには舞台から逃れられないのも事実で、出雲の前には様々な歌舞伎役者が登場して、舞台や稽古の場での勝負を挑んできます。若手からベテラン、さらには大御所まで。そして女形はもとより色男から悪役まで、幅拾い層の役者が登場して楽しめる作品となっています。
■『かぶく者』(原作:デビット宮原、作画:たなか亜希夫/2007年~2010年)
預かり弟子として常識はずれな舞台も辞さない主人公の市坂新九郎と、名家の御曹司として七代目の重責を担う仲村宗太郎とのライバルの2人を中心に描いた漫画です。こうした設定は、映画『国宝』や『ぴんとこな』に似たものを思わせます。しかしストーリーが進み、多くの歌舞伎役者との経験を経ていく中で、新九郎は実はあの有名人の血を受け継いでいた……と大きな謎が明かされていくドラマ部分が作品の肝となっています。
本作の見どころは、伝統に挑戦する新九郎の破天荒な言動です。宗太郎をはじめとした伝統を重んじる役者達や関係者と対立することになるのですが、時に独創的な力量を示し、時には伝統と融和して舞台を成功させていきます。前の2作と比べて作中で取り上げる演目は少なめですが、その分、ひとつの演目や役柄を深く掘り下げています。新九郎が実在した江戸時代の名優である生島新五郎の血を引くとする展開は、歌舞伎の歴史についてより知識を深めることになるでしょう。
3つの漫画で学べるポイント
歌舞伎座や南座などの舞台はもちろん、テレビ番組などでも歌舞伎を見たことがある人は多くないと思います。それだけに映画『国宝』は、歌舞伎界の入り口として格好の存在と言えそうです。しかし歌舞伎をテーマにした漫画も、『国宝』に負けず劣らずの切り口で歌舞伎を取り上げています。
『国宝』と同様に『ぴんとこな』と『かぶく者』では舞台や練習において主人公ら2人を対比させるように描いていますが、『ぴんとこな』では様々な演目における若手役者の立ち位置を幅広く描いている一方、『かぶく者』では一作一作における演目のストーリー展開や登場人物を深く掘り下げて興味深く読める内容になっています。
この2作と比較して『國埼出雲の事情』は演者も演目も幅広いのが特徴です。そこで『ぴんとこな』と『かぶく者』と被っている演目、たとえば3つの漫画で共通して登場する『三人吉三』、2作で登場する『鏡獅子』や『白波五人男』などの演目が、各作品でどのように描かれているかを見比べるのも面白いと思います。私個人的には『ぴんとこな』の『鏡獅子』も可愛らしかったのですが、それ以上に『かぶく者』で演じられた『鏡獅子』を、リアルで見て長生きしてみたいものだと思わされました。
まとめ – 知れば知るほど面白い伝統芸能の世界
それまで食わず嫌いをしていた食べ物が、何かの料理をきっかけとして大好物になることは少なくありません。これまでなじみのなかった歌舞伎の世界に映画『国宝』で興味を持った人も、その類いなのでしょう。
であれば、映画『国宝』をきっかけとして歌舞伎の世界に興味を持ち、それが引き金となって歌舞伎漫画である『ぴんとこな』『國埼出雲の事情』『かぶく者』などを読んでみる。そして、さらに実際の舞台を見に行って知見を深くする、なんてことがあっても良いはずです。歌舞伎も漫画も、日本が世界に誇るクールジャパンの一端を担っています。それを二重に楽しめる歌舞伎漫画をぜひ読んでみませんか。
(執筆: 県田勢)