皆さんは「ドカ食い気絶部」というネットスラングをご存知でしょうか? これは高カロリー(炭水化物メイン)な食べ物を一気に食べることで血糖値をわざと乱高下させ、まるで気絶するかのように眠るという行為を好む人たちのことです。
人によってはこれが快感らしいのですが、もちろん身体に良いはずもありません。生活習慣病をはじめさまざまな健康リスクが待っています。
そんなドカ食い気絶部の存在はさほど有名ではありませんでしたが、2024年に誕生したある漫画の大ヒットによって、SNSをはじめ各方面への認知度を高めていくことになりました。
それが今回ご紹介する『ドカ食いダイスキ! もちづきさん』です。
かわいらしいOLさんの本性は?
主人公の望月 美琴は、とある会社で営業事務として働く21歳のOL。一見するとほんわか癒し系の女の子ですが、実は彼女には抑えきれない強烈な、もはや飢餓と呼べるほどの「食欲」が備わっていました。
一般男性が1日に必要とするカロリーを1食で摂取したとしても、少し時間が経てば空腹に襲われ、またとんでもない量の食事をしてしまうのです。過食によって眠くなる状態を彼女は「至る」と表現し、その至りを最大の幸せとして生きています。
しかし現実は無限にドカ食いを許してくれるわけではありません。
病気の不安、女子としての世間体、増え続ける体重、ドカ食い後の罪悪感などが望月さんの暴食ライフに葛藤を生むこともあります。
深夜までおよぶ残業中に、ゆっくり体調を回復させるべき休日に、絶食しなければならない健康診断の前夜に――はたして望月さんの食欲は、あらゆる美食が揃った現代社会の誘惑に勝てるのでしょうか?
ネット民を戦慄させるサイコホラー描写は必見
かわいい女子が思う存分にグルメを楽しむ漫画としては、最近の人気作に限っても『ラーメン大好き小泉さん』や『姫様“拷問”の時間です』などたくさんあって、今や定番ジャンルになったと考えて良いでしょう。
しかし本作『もちづきさん』は、そうした作品から感じられる「無理なく楽しく食べる」という大前提が失われ、代わりに「食べ物を求めて狂った行動に出る」というゾンビ映画のような恐怖感が追加されており、これが他にない圧倒的な個性となっています。
そもそも摂取カロリーと食べる勢いが常人のレベルじゃありません。
お昼の弁当で軽く1日分のカロリー(1775kcal)を平らげたかと思えば、早くもその日の残業中に空腹の限界がきて、ダブルサイズのインスタント焼きそばを2個(2760kcal)も一気食いするという爆食など当たり前。
しかも整った顔が食べ物を前にすると狂気の表情に変わったり、高カロリー食品にカロリー1/2のマヨネーズをかければ実質カロリーが半分になるという謎理論を編み出したり、どのエピソードでも読者の理解を超えてくるサイコ的な演出が入っています。
個人的に一番ドン引きしたのが健康診断前日の話でした。検査が終わるまで絶食しなければいけないのに空腹感が襲ってきた望月さんは、透明な水道水と茶色い麦茶をお皿に半分ずつ注ぎ、たった一人の室内で「カレーライスじゃん!!」「わーいご飯だご飯だ!美味しい~!」と叫びながら0カロリーの水をずるずる啜りはじめるのです……。
どう生きてきたら望月さん(と作者)がこんな発想をできるのか、そう思うしかない凄絶な展開が続くのですから、ネットでも爆発的に話題が広がりました。
新エピソードがウェブ公開されるたび『もちづきさん』がSNSでトレンド入りして、「若い女子社員が23時まで残業するようなブラック企業だから仕事ストレスがドカ食いの原因では?」「同僚たちもアルコール依存だったりエナジードリンク漬けだったり職場環境がヤバすぎる」「1コマだけ描かれている健康診断の数値では1年間で6kg太っているのがわかる」「最新話で左目だけ閉じているシーンが多いのは糖尿病の兆候では?」といった、さまざまな考察を読者が繰り広げています。
特に彼女の健康状態については本職の医師アカウントも具体的症状を挙げながら心配しており、はからずもネット民は『もちづきさん』を通じて医学知識を増やしていける状況となりました。たぶんこれは作者も編集部も想定していなかった出来事でしょう。
あまりに個性的な作品のため、このレビューも褒めているのか恐怖心を煽っているのかよくわからない書き方になりましたが、基本的に第1話は常時無料公開されています。気になる方はそれを読んで、この『もちづきさん』が秘めた高いポテンシャルとカロリーの片鱗を感じ取っていただければと思います。
注目度は高いけど、メディア化には意外なハードルも?
本作は単行本が発売される前からSNSで人気爆発しており、第1巻は発売わずか2週間で10万部超えを発表。さらに大手外食チェーン「カレーハウスCoCo壱番屋」とのコラボが実現するなど、現在もっとも勢いがあるグルメ漫画の1つとなっています。
ここまで人気ならアニメ化やドラマ化も期待したいところですが、現代のコンプライアンス的に「ドカ食い」というテーマは大丈夫かな?という懸念も少しあります。
というのも21世紀初頭には有名タレントが主役の大食い(フードファイト)ドラマが好評放映されていたのですが、その番組内容に影響された子供が給食の早食い競争をして死亡事故につながった、という悲しい出来事があったからです。
それ以降、ドラマに限らず大食いチャレンジを扱った番組が自粛される流れになりました。
『もちづきさん』は誰かと大食いスピードを競っているわけではありませんが、「ドカ食いで血糖値を爆上げして眠気を楽しむ」という作品ですから、上述の事情もふまえれば地上波で放送するのは厳しそうに思えます。
一方で現在は、Netflixのように有料コンテンツを独占的に製作・配信するところもあります。そうしたクローズドな媒体ならば『もちづきさん』の映像化も夢ではないかもしれません。
まずは奇抜でスリリングな原作を楽しみつつ、さらなる人気拡大を期待したいところですね。
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